写真のしくみ ⑮ 絞りすぎると逆にぼやける理由と最もくっきり写るF値
光はまっすぐ進み、レンズは世界をひっくり返す。写真と映像にひそむ小さな「なぜ?」を、数式なしで解き明かす全40回。
前回までで、ピントとボケのしくみを見てきました。絞り(F値)を絞れば絞るほど、ピントの合う範囲が広がって、写真はくっきりしていく。それが基本でしたね。
だったら、絞りをめいっぱい絞ればいいじゃないか。F16、F22、もっと絞れるなら絞ってしまえ。そうすれば、すみずみまでカリッとした、最高にくっきりした写真が撮れるはずだ。
……ところが、そうはいかないのです。
実は絞りすぎると、写真は逆にぼんやりしてしまいます。「えっ、どうして?」と思いますよね。ここには、光という存在そのものの性質と、レンズという道具の宿命が関わっています。今回は「くっきり」の限界に迫っていきましょう。
絞りすぎると起こる「回折」
光は波だ
まず、大事なことをひとつ。光は「波」です。
ちょっと意外に聞こえるかもしれません。ふだん光というと、懐中電灯からまっすぐ飛ぶ「線」のようなものをイメージしがちです。でも光は、水面に広がる波と同じように、波として空間を進んでいく存在です。
この「波としての性質」が、ふだんは気にならないのに、絞りをぎゅっと小さくしたときだけ目に見えるかたちで現れてくる。それが回折(かいせつ)という現象です。
堤防の隙間と波
プールや海を想像してみてください。広い水面に波が立っています。その波が、コンクリートの堤防にぶつかる。堤防には小さな隙間がひとつだけ空いている。さて、隙間を通り抜けた波はどうなるでしょう?
まっすぐ進む……と思いきや、隙間を抜けた波は、扇のように広がります。隙間の向こう側に、ぶわっと丸く回り込んでいく。これが回折です。波という存在は、狭い隙間を通ると、まっすぐ進めずに広がってしまう性質を持っているのです。
しかも、ここがポイント。隙間が狭ければ狭いほど、波はもっと大きく広がります。
広い入り口なら、波はほとんどまっすぐ通り抜ける。でも入り口がうんと狭くなると、波は通り抜けた先でぐわっと回り込んでしまう。直感に反するようですが、これは波に共通する性質です。
カメラの絞りでも同じことが起きる
光も波です。そしてカメラの絞りは、まさに「小さな隙間」です。
絞りを大きく開けているとき(F値が小さいとき)、光が通る穴は大きい。このとき回折の影響はごくわずかで、光はほぼまっすぐセンサーに届きます。
でも絞りをぎゅっと絞ると(F値を大きくすると)、光が通る穴が小さくなる。すると光はまっすぐセンサーに届くだけでなく、穴のふちでふわっと広がってしまいます。
本来なら一点にキュッと集まるはずだった光が、にじむように広がってセンサーに届く。これが、絞りすぎた写真がぼんやりしてしまう正体です。
エアリーディスクという「にじみの円」
この回折による光の広がりには、名前がついています。エアリーディスクといいます。
レンズが完璧に光を集めたとしても、回折のせいで、光は「点」ではなく「小さな円盤」のかたちでセンサーに届く。真ん中が明るくて、まわりにうっすらとリング状の光が広がる、そんなパターンです。
F値が大きくなる(絞りが小さくなる)と、このエアリーディスクが大きくなる。つまり「にじみ」が大きくなる。ひとつひとつの光の点がぼわっと広がるから、写真全体がなんとなくシャープさを失ってしまうのです。
これはレンズの品質とは無関係です。どんなに高価なレンズを使っても、どんなに精密に作られていても、光が波である限り、回折は必ず起こります。物理法則ですから、逃げ道はありません。
レンズの「収差」という宿命
回折の話だけだと、「じゃあ絞りを開ければ開けるほどくっきりするんだ」と思いたくなります。でも、そう単純でもありません。
絞りを開いたときには、今度はレンズそのものが抱える「収差」(しゅうさ)という問題が大きくなってくるのです。
完璧なレンズは存在しない
理想的なレンズというものを考えてみましょう。被写体のある一点から出た光がレンズを通って、センサー上のぴったり一点に集まる。すべての色の光が同じ場所に、まったくずれなく集まる。そんなレンズです。
しかし、そんな完璧なレンズは、この世に存在しません。
実際のレンズでは、光がきれいに一点に集まらない。ほんの少しずれたり、にじんだり、歪んだりしてしまう。この「理想からのずれ」をまとめて収差と呼びます。
収差にはいくつかの種類がありますが、ここでは写真を見て特に気づきやすい2つを紹介しましょう。
色収差:色によってピントがずれる
ひとつめは色収差(いろしゅうさ)です。
光は、目に見える範囲でもさまざまな色を含んでいます。赤い光、緑の光、青い光。実はこれらの色によって、ガラスの中での「曲がりやすさ」がほんの少しずつ違います。
これを分散(ぶんさん)といいます。プリズムに白い光を通すと虹色に分かれますよね。あれがまさに分散の現象です。光の色(波長)ごとに屈折する角度が微妙に異なるので、白い光がバラバラに分かれてしまう。
レンズもガラスですから、同じことが起きます。赤い光はこっちにピントが合い、青い光はちょっと違う場所にピントが合う。完全に同じ場所にピントを結んでくれないのです。
その結果どうなるか。写真の中で明るいところと暗いところの境目に、うっすらと色のにじみが出ることがあります。紫っぽいフリンジ(ふちどり)が見えたり、輪郭に緑や赤がにじんだり。これが色収差の仕業です。
レンズメーカーは、屈折率の異なるガラスを組み合わせたり、特殊なコーティングを施したりして、この色収差をできるだけ打ち消そうとしています。でもゼロにはなりません。
歪曲収差:まっすぐな線が曲がる
ふたつめは歪曲収差(わいきょくしゅうさ)です。
カメラで建物を撮ったとき、本当はまっすぐなはずの壁や柱が、写真ではちょっと曲がって写ることがあります。特に画面の端っこのほうで、直線が「ふにゃり」と曲がる。
この歪曲収差には2つの代表的なタイプがあります。
- たる型歪曲:画面の中央がぷくっとふくらんだように、直線が外側に膨らむ。樽(たる)を正面から見たような形になるので、この名前がついています。広角レンズでよく見られます。
- 糸巻き型歪曲:逆に画面の端が中央に向かって引っぱられるように、直線が内側にへこむ。昔の糸巻き(糸を巻きつける道具)のような形になります。望遠レンズで見られることがあります。
人の顔や風景を撮るぶんにはあまり気にならないかもしれません。でもビルの写真や、定規のようなまっすぐなものを撮ると、この歪みがはっきりわかることがあります。
収差は絞ると改善する?
ここで面白い事実があります。収差の多くは、絞りを絞ると目立たなくなります。
絞りを開いているとき、レンズの端っこのほうまで光が通ります。レンズの中心部はかなり正確に光を集めるのですが、端のほうではどうしてもずれが大きくなる。絞りを絞ると、レンズの端っこを通る光がカットされて、中心の「お行儀のいい」光だけが通るようになる。だから収差が減って、画質が良くなるのです。
ただし、すべての収差が絞りで改善するわけではありません。先ほど紹介した歪曲収差は、レンズの設計そのものが生み出す幾何学的な歪みなので、絞りを変えてもほとんど変わりません。また色収差にも、絞ることで改善しやすい成分と、改善しにくい成分があります。絞りで劇的に改善するのは、おもにレンズの周辺部を通る光のずれが原因となる収差(たとえば像がにじむタイプのもの)です。
……でも、思い出してください。絞りすぎると、今度は回折が増えてしまうんでしたよね。
いちばんくっきり写るF値
収差と回折の「綱引き」
ここまでの話を整理しましょう。
- 絞りを開く(F値が小さい)と、収差が大きくて画質が落ちる
- 絞りを絞る(F値が大きい)と、回折が大きくて画質が落ちる
つまり、画質を悪くする原因が両側から引っぱり合っているのです。
開きすぎても絞りすぎてもダメ。ということは、その中間のどこかに、収差と回折がどちらもほどほどに小さい「ちょうどいいポイント」があるはずです。
このポイントのことを、写真の世界ではスイートスポットと呼びます。そのレンズがいちばんくっきり写るF値です。
目安はどのくらい?
スイートスポットはレンズによって異なりますが、ざっくりとした目安はあります。
多くのレンズでは、開放F値(そのレンズのいちばん小さいF値)から2段ほど絞ったあたりがスイートスポットになることが多いです。
例えば、開放がF1.8のレンズなら、F4前後。開放がF2.8なら、F5.6あたり。開放がF4のズームレンズなら、F8くらい。一般的にはF5.6からF8あたりに収まることが多いです。
もちろんこれは大ざっぱな目安です。レンズの設計や構造によって変わりますし、画面の中心と端でもベストなF値は異なります。
自分のレンズのスイートスポットを知りたいと思ったら、三脚を立てて、同じ被写体をF値だけ変えながら撮り比べてみましょう。パソコンの画面で拡大して見比べると、いちばんくっきり写るF値が見つかります。
F16やF22は使ってはいけないの?
ここで勘違いしてほしくないことがあります。
「F16やF22は画質が落ちるから、絶対に使っちゃダメ」というわけではありません。
例えば風景写真で、手前の花から遠くの山までぜんぶにピントを合わせたいとき、深い被写界深度が必要になります。そういう場面ではF11やF16を使うことは、当然あるし、とても合理的な選択です。
回折で少しシャープネスが落ちるとしても、ピントが合っていない部分のボケのほうがずっと大きなぼやけですから、ピントの範囲を広げるメリットが上回ることは十分にあります。
大事なのは、「なぜこのF値を選ぶのか」を自分でわかっていること。しくみを理解した上で、目的に合ったF値を選べばいいのです。
この回のまとめ
今回は、絞りを絞りすぎると写真が逆にぼやけてしまう理由と、レンズがもっともくっきり写るF値の正体を追いかけました。
- 光は波としての性質を持っていて、小さな穴を通ると回折によって広がってしまう。絞りを絞るほどこの影響が大きくなり、光の点が小さな円盤(エアリーディスク)として広がるため、写真全体のシャープさが失われていく。
- 回折はレンズの品質とは無関係で、光が波である限り避けられない物理法則そのものの帰結。
- 一方、レンズには収差という「理想からのずれ」がつきもの。色によってピント位置がずれる色収差や、直線が曲がって写る歪曲収差が代表的。
- 収差の多くは絞りを絞ると改善するが(歪曲収差のように変わらないものもある)、回折は絞るほど悪化する。
- この両者のバランスがとれたスイートスポット(多くのレンズではF5.6からF8付近)が、そのレンズでもっともくっきり写るF値。
- ただし「スイートスポット以外を使うな」ということではない。深い被写界深度が必要な場面ではF11やF16も合理的な選択であり、しくみを理解した上で目的に応じたF値を選ぶことが大切。
絞りをどこまで絞るかは、回折とのせめぎ合いです。でも、そのしくみを知っていれば、レンズの力をいちばん引き出せるポイントを自分で見つけられるようになります。次回は、被写体にぐっと近づいたときに見えてくるマクロ撮影の世界をのぞいてみましょう。