写真のしくみ ⑫ ピントと被写界深度の正体
光はまっすぐ進み、レンズは世界をひっくり返す。写真と映像にひそむ小さな「なぜ?」を、数式なしで解き明かす全40回。
虫めがねで遊んだこと、ありますか?
晴れた日に虫めがねを持って外に出て、太陽の光を紙の上に集める。虫めがねをゆっくり上げ下げすると、紙に映る光の丸がだんだん小さくなって、あるところでキュッとひとつの点になります。もうちょっと動かすと、今度はまた丸が大きくなっていきます。
じつは、カメラの「ピントが合う」しくみは、まさにこれと同じです。
ピントが「合う」とは何が起きているのか
カメラのレンズは、虫めがねの親せきです。やっていることは基本的に同じで、光を集めて、像をつくること。
目の前に一本の木があるとしましょう。木の葉っぱからは、光があらゆる方向に飛び出しています。太陽や空の光が葉っぱに当たって反射したもの、それが「葉っぱから出る光」です。そのうちレンズに飛び込んできた光は、レンズを通り抜けるときにぐっと曲げられて、レンズの反対側のどこか一点に向かって集まっていきます。
この「光が集まる点」が、ちょうどカメラのセンサー(フィルムカメラならフィルム)の表面にぴったり乗ったとき。これが「ピントが合っている」状態です。
葉っぱのひとつひとつから出た光が、それぞれセンサーの上で正確に一点ずつに集まります。その点の集まりが、くっきりとした木の像になります。これがピントの正体です。
ピントが合わないと何が起きる?
では、光が集まる点がセンサーよりちょっと手前だったら? あるいは、センサーを少し通り過ぎた先だったら?
光はセンサーの上で一点にはなれません。まだ絞りきれていないか、もう通り過ぎて再び広がっているかのどちらかです。どちらにせよ、センサーの上には「点」ではなく、小さな丸いにじみができます。
この小さな丸を、錯乱円(さくらんえん)と呼びます。英語では「Circle of Confusion」、直訳すると「まどわしの円」。なかなか格好いい名前ですね。
錯乱円が大きいほど、写真はぼんやりします。逆に、ものすごく小さい錯乱円なら、人間の目には「ほぼ点」に見えるので、くっきり写っているように感じます。
学校のプロジェクターを思い出してみてください。先生がピントのリングを回すと、スクリーンの文字がぼやけたりくっきりしたりしますよね。あれもまったく同じ理屈です。光の集まる位置とスクリーンの位置がぴったり合えば文字がはっきり見えるし、ずれれば、にじみます。
「どのくらい小さければ点に見えるか」は、実は写真をどう鑑賞するかによって変わります。35mmフルサイズのカメラでは、錯乱円の直径が約0.03mm以下なら「点と区別がつかない」とみなすのが一般的な基準です。ただしこれは、ある決まったサイズにプリントして、ある決まった距離から見るという前提での話。大きく引き伸ばせば、それまで「点」に見えていた錯乱円が丸として見え始めることもあります。被写界深度は絶対的なものではなく、鑑賞条件しだいで伸び縮みする相対的なものなのです。
被写界深度って何だろう?
さて、ここでひとつ面白い事実があります。
ピントが完璧に合う距離は、厳密にはたったひとつだけです。たとえば「レンズの前方3メートル」にピントを合わせたら、正確に3メートルの位置にあるものだけが、センサーの上できれいな一点を結びます。3.01メートルでも2.99メートルでも、厳密にはもう「完璧」ではありません。
でも実際に写真を撮ると、3メートルの前後にあるものもけっこうくっきり写りますよね?
これは、さっきの錯乱円が関係しています。3メートルからちょっとだけ離れた位置にあるものも、錯乱円がとても小さいので、人間の目には十分にくっきり見えるのです。「厳密には点じゃないけど、まあ点に見えるよね」という範囲が、前にも後ろにもちょっとずつある。
この「くっきり写っているように見える前後の範囲」のことを、被写界深度(ひしゃかいしんど)と言います。
被写界深度が深いとは、手前から奥まで広い範囲がくっきり写ることです。
被写界深度が浅いとは、ごく狭い範囲だけがくっきりで、前後がとろけるようにぼける状態のことです。
被写界深度は何で変わるのか
被写界深度の深さ・浅さは、おもに3つの要素で決まります。
1. 絞り(F値)
レンズの中には「絞り」と呼ばれる仕掛けがあります。金属の薄い羽根が何枚も重なっていて、開いたり閉じたりすることで、光の通り道の大きさを変えるものです。
絞りを大きく開けると(F値が小さいとき、たとえばF1.8やF2.8)、レンズの広い面積を使って光を集めます。すると、ピントが合う位置から少しでもずれた光は、錯乱円がすぐに大きくなります。結果として、被写界深度は浅くなります。
絞りを小さく絞ると(F値が大きいとき、たとえばF8やF11)、レンズの中心付近の狭い部分だけを使います。光の通り道が細いので、多少ずれても錯乱円があまり大きくなりません。被写界深度は深くなります。
虫めがねに話を戻しましょう。もし虫めがねの外側を厚紙でおおって、真ん中の小さい穴だけから光を通したら、光が集まる前後の範囲がぐっと広がって、けっこう広い範囲で「だいたい点」に見えるようになります。これが「絞る」ということの本質です。
2. 被写体までの距離
被写体に近づけば近づくほど、被写界深度は浅くなります。
たとえば、花を目の前30センチで撮ると、花びら1枚にピントが合っていても、すぐ隣の花びらはもうぼけています。でも遠くの山を撮れば、手前の木も遠くの稜線もぜんぶくっきりです。
これは日常の感覚ともよく一致しますよね。自分の手を顔のすぐ近くにかざすと、手の向こうの景色がぼやけて見えます。でも手を遠くに伸ばすと、手も景色もどちらもそこそこはっきり見えます。人間の目でも、近くのものほどピントの合う範囲は狭いのです。
3. 焦点距離
レンズの焦点距離が長い(望遠寄り)ほど、同じ絞り・同じ撮影距離であれば、被写界深度は浅くなります。焦点距離が短い(広角寄り)ほど、被写界深度は深くなります。
運動会でお父さんやお母さんが望遠レンズで走っている子どもを撮ると、背景がきれいにぼけてくれるのは、この性質のおかげです。
スマートフォンのカメラでかんたんに体験できます。テーブルの上にペットボトルを2本、手前と奥に30センチくらい離して置きましょう。手前のボトルにぐっと近づいて撮ります。次に、同じ2本が写る構図のまま少し離れて撮ってみてください。離れたほうが奥のボトルもくっきり写りやすいことに気づくはずです。「被写体との距離が遠いほど被写界深度が深くなる」を、自分の目で確かめられます。
深い被写界深度と浅い被写界深度、どう使い分ける?
被写界深度は、写真の「見せ方」を変える大きな武器です。
風景写真では、被写界深度を深くすることが多いです。手前の花も、中景の湖も、遠くの山も、ぜんぶくっきり写したい。だから絞りを絞って(F8やF11あたり)、隅々までシャープに仕上げます。
ポートレート(人物写真)では、逆に浅くすることが多い。主役の人にだけピントを合わせて、背景をふわっとぼかす。こうすると見る人の視線が自然と主役に集まります。絞りを開けて(F1.8やF2.8など)、背景のぼけを活かすわけです。
どちらが正しいとか、上等だとかいう話ではありません。何を見せたいか、何を感じてほしいか。その答えによって深さを選びます。被写界深度は、撮る人の「伝えたいこと」を形にする道具なのです。
オートフォーカスは何をしているのか
さて、ここまでの話で「ピントが合う」とは何か、そしてピントの合う範囲がどう変わるかがわかりました。では、今のカメラはどうやって自動でピントを合わせているのでしょうか?
シャッターボタンを半押しすると、カメラが勝手にピントを合わせてくれる。この仕組みをオートフォーカス(AF)と呼びます。代表的な方式を2つ見てみましょう。
コントラスト検出AF
これは比較的わかりやすい方法です。
カメラは、センサーに映った像のコントラスト(明るいところと暗いところの差)を見ています。ピントが合っているとき、被写体の輪郭はくっきりしていて、明暗の差がはっきり出ます。ピントがぼけると、輪郭がにじんで、明暗の差がなだらかになります。
カメラはレンズを少しずつ動かしながら、「コントラストが一番高くなるポイント」を探します。一番高いところが見つかったら、そこで止めます。これがコントラスト検出AFです。
ただし、この方式にはひとつ弱点があります。「今のところが頂上なのか、もう少し先にもっと高い頂上があるのか」が、動かしてみるまでわからないのです。だからレンズが行ったり来たりすることがあります。動画を撮っているときにレンズが迷ってピントがふわふわする、あの現象にもこの特性が関わっています。
位相差検出AF
もうひとつの方式は、ちょっと複雑ですが、とても賢い仕組みです。
レンズに入ってきた光を、左半分から来た光と右半分から来た光に分けて、別々に受け取ります。
ピントがぴったり合っているとき、左からの像と右からの像はきれいに重なります。ピントがずれていると、左右の像が互いにずれます。そして、ここが賢いところですが、ずれている方向を見るだけで「ピントを前に動かすべきか後ろに動かすべきか」がわかり、ずれの大きさから「どのくらい動かせばいいか」もわかるのです。
たとえるなら、こんな感じです。コントラスト検出AFが「山の頂上を手探りで探す登山者」だとすると、位相差検出AFは「地図を持っていて、頂上の方角も距離もわかっている登山者」です。迷わず一直線に頂上へ向かえるので、ピント合わせが速いのです。
最近のミラーレスカメラでは、この2つの方式をうまく組み合わせたハイブリッドAFが主流になっています。位相差の速さで大まかにピントを合わせ、コントラスト検出の正確さで最終的に追い込みます。両方のいいとこ取りです。
ピントを「外す」とどうなるか
オートフォーカスは優秀ですが、万能ではありません。狙った場所とは違うところにピントが合ってしまうことがあります。
ピントが被写体より手前に合ってしまうことを、前ピンと呼びます。
ピントが被写体より奥に合ってしまうことを、後ピンと呼びます。
たとえば人の顔にピントを合わせたかったのに、手前にあった柵にピントが合ってしまった。これが前ピンです。逆に、顔の奥の壁にピントがいってしまったら後ピンです。
被写界深度が深いときは、多少のずれはあまり気になりません。前後の広い範囲がくっきり写っているので、ちょっとずれていても「まあ大丈夫」となります。
でも被写界深度が浅いとき、つまり絞りを大きく開けてぼけを活かそうとしているときほど、ちょっとしたピントのずれが致命的になります。F1.8で目にピントを合わせたつもりが、実は耳に合っていた。たったそれだけのずれで、肝心の目がぼんやりしてしまいます。こういうことは、実際の撮影で珍しくありません。
だからこそ、被写界深度が浅い条件で撮るときは、ピント位置をていねいに確認する習慣がとても大切です。カメラの背面モニターで拡大して確認する、ピントを合わせたい場所をタッチして指定する。こうしたひと手間が、写真の仕上がりを大きく左右します。
この回のまとめ
- ピントが合うとは、被写体から出た光がレンズを通り、センサーの上でぴったり一点に集まること。
- ピントが合わないと、光は点にならず小さな丸(錯乱円)に広がり、像がぼやける。
- 被写界深度とは、錯乱円が十分に小さく「くっきりして見える」前後の範囲のこと。
- 被写界深度は、絞り(F値)、被写体との距離、焦点距離の3つで変わる。絞りを開けるほど、近づくほど、望遠にするほど、浅くなる。
- 風景写真では被写界深度を深くして隅々までくっきりと、ポートレートでは浅くして主役を引き立てるのが定番の使い分け。
- オートフォーカスには、明暗の差を手がかりにするコントラスト検出と、光のずれ方から方向と量を読み取る位相差検出がある。最近のカメラは両方を組み合わせたハイブリッド方式が主流。
- 前ピンは被写体より手前に、後ピンは奥にピントがずれること。被写界深度が浅いほど影響が大きいので、ピント位置の確認がとても大事。
ここまで、ピントが合うしくみ、被写界深度の正体、そしてオートフォーカスの原理を追いかけてきました。ところで、ピントが合っていない場所にできる錯乱円。この小さな光の丸が写真の中にたくさん集まると、独特の美しい表情が生まれます。次の回では、その「ふわっ」の正体、ボケのしくみを解き明かしていきます。