生きること
配られたカードを見ろ
あなたは自分の人生を「自分で切り拓いた」と思っている。 けれど、少しだけ巻き戻してみてほしい。あなたが最初に下した「決断」は何だったか。母語を選んだか。生まれる国を選んだか。親の年収を、達伝子の配列を、生まれた世紀を、選んだか。 何ひとつ選んでいない。そして、その「何ひとつ選んでいない」が、その後のすべてを規定している。あなたの努力も、成功も、価値観も、この記事を読んでいるという事実も、すべてその初期条件の上に立っている。 この記事は「生まれ」という、誰もが経験し、誰もが選ばなかった出来事について書く。答えは出ない。ただ、引き当てたくじの中身を、もう少し丁寧に見ておきたい。 くじを引く手はなかった ハイデガーが「被投性(Geworfenheit)」と呼んだ構造については、別の記事で書いた。私たちは自分の存在の出発点を選んでいない。それは人間の存在そのものの構造である、と。 ここでは、その被投性の具体的な中身に踏み込みたい。「投げ込まれた」という構造を哲学的に記述することと、投げ込まれた先の中身が人生をどれほど規定するかを見つめることは、似ているようでまったく違う。 被投