倫理と思考実験
10年の値段
売り物 自分の寿命の10年を差し出せば、何かひとつ、望むものが手に入る。 欲望の棚卸し 「一生お金に困らない生活」と答える人がいる。「完璧な健康」と答える人がいる。「愛する人の幸せ」と書く人もいる。 何を選ぶかは自由だ。でも何を選んだかで、その人の切実さが透けて見える。お金と答えた人は冷たいのではない。おそらく今、お金に困っている。ただ、お金がなくなっても何も解決しないのと同じように、手に入れたところで何かが変わる保証はどこにもない。健康と答えた人は、きっとどこかが痛い。愛する人の幸せと答えた人は、たぶんその人をうまく幸せにできていない。 問いそのものにはたいした意味がない。答えのほうに、その人の輪郭が滲む。 年の不平等 ところで、10年とは何だろう。 20歳から30歳までの10年と、70歳から80歳までの10年は同じだろうか。可能性に満ちた10年と、静かに閉じていく10年を等価と呼べるだろうか。 厄介な問いだ。「10年」という数字の裏には、つねに「どの10年か」という別の問いが隠れている。そしてたいていの場合、どの10年を差し出すかは自分では選べない。もしかする