写真のしくみ ㊵ 写真のすべては光でつながっている

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シリーズ「写真のしくみ」について
光はまっすぐ進み、レンズは世界をひっくり返す。写真と映像にひそむ小さな「なぜ?」を、数式なしで解き明かす全40回。

いよいよ最終回です。全40回にわたって続いてきた「写真のしくみ」の旅も、今回でおしまい。

第1回で「光はまっすぐ進む」というたった一つの事実を手にしたところから、ぼくたちの冒険は始まりました。あのとき、まさかここまで遠くに来るとは思わなかったでしょう。レンズの中に逆さまの世界が映ること。シャッターのほんのわずかな時間のちがいで写真がまるで変わること。色という存在がじつは光の波長のちがいにすぎないこと。ぼくたちはたくさんの「えっ、そうだったの?」に出会ってきました。

この最終回では、40回の旅路をもういちど最初からたどりなおしてみましょう。ばらばらに見えていた知識が、じつはひとつの物語としてつながっていることに気づくはずです。

光の旅をたどりなおそう

はじまりは「光はまっすぐ進む」

このシリーズで最初に学んだのは、光が持つもっとも基本的な性質でした。光はまっすぐ進む。当たり前のように聞こえますが、この「まっすぐ」がなかったら、影もできないし、鏡に自分の顔も映りません。ピンホールカメラだって成り立ちません。

光はまっすぐ進みながら、何かにぶつかると反射したり、ちがう物質に入るときに曲がったり(屈折)します。水の中のストローが折れて見えるのは、光が水と空気の境目で屈折するからです。写真のすべての原理は、この「まっすぐ進む・反射する・屈折する」という三つの基本ルールの上に成り立っています。

レンズは光を「集める装置」

つづいて、レンズが登場しました。レンズは光の屈折をうまく利用して、ばらばらに飛んできた光を一点に集めてくれます。虫めがねで太陽の光を集めると紙が焦げるのも、レンズが光を一点に集中させているからです。

カメラのレンズは、目の前の風景から飛んでくる光を集めて、カメラの中に小さな像をつくります。この像は上下左右が逆さまです。なぜかというと、光がまっすぐ進んでレンズの中心で交差するからです。ぼくたちの目も、実はまったく同じしくみで網膜に逆さまの像をつくっています。カメラと目は、驚くほどよく似ているのです。

画角が変わると「世界の見え方」が変わる

そこから進んだのが、画角と焦点距離の話です。広角レンズで撮ると広い範囲が写り、望遠レンズだと狭い範囲だけを切り取ります。同じレンズでもセンサーの大きさが変わると写る範囲も変わることも学びました。

よく「広角は遠近感を強調する」、「望遠は距離を圧縮する」と言われます。しかし遠近感を決めているのは、じつはレンズそのものではなく、カメラと被写体のあいだの距離です。広角レンズでは被写体に近づいて撮ることが多いから遠近感が強まり、望遠レンズでは離れて撮るから奥行きが詰まって見えます。レンズが「魔法」をかけているわけではなく、画角が変わることで空間の切り取り方が変わっているのです。同じ場所に立っていても、レンズを変えるだけでまるでちがう写真が撮れます。写真の面白さの大きな部分は、この「どう切り取るか」にあります。

明るさをあやつる三つのダイヤル

つぎに学んだのは、写真の明るさをコントロールする方法でした。カメラには明るさを調整する三つの要素があります。

絞り(F値)はレンズの中にある穴の大きさです。穴を大きくすれば光がたくさん入り、小さくすれば少なくなります。水道の蛇口を開けたり閉めたりするのと同じです。

シャッタースピードは、光をセンサーに当てる時間の長さです。長く開ければたくさん光が入るし、短くすればわずかしか入りません。バケツで雨水を受けるとき、どれだけの時間外に出しておくかという話と同じ考え方です。

ISO感度は、センサーの光に対する敏感さです。感度を上げれば暗い場所でも撮れますが、そのぶんノイズ(ざらつき)が増えます。耳をすませば小さな音も聞こえるけれど、同時に雑音まで拾ってしまうのと似ています。

この三つはたがいに関係しあっていて、一つを変えるとほかにも影響が出ます。写真を撮るということは、この三つのバランスを考えることでもあるのです。

ピントとボケの正体

さらに、ピントとボケのしくみに迫りました。ピントが合うとは、被写体から出た光がセンサーの上でぴったり一点に集まっている状態のことです。ピントが合っていない部分では、光が一点に集まりきれずに広がってしまいます。これが「ボケ」の正体です。

絞りを開ける(F値を小さくする)と、ピントの合う範囲が狭くなり、ボケが大きくなります。絞りを絞る(F値を大きくする)と、ピントの合う範囲が広がり、ボケが小さくなります。この「ピントの合う範囲」のことを被写界深度といいます。

ポートレート写真で背景がとろけるようにボケるのは、絞りを大きく開けて被写界深度を浅くしているからです。逆に、風景写真で手前から奥までくっきり写すには、絞りを絞って被写界深度を深くします。

くっきりにも限界がある

ここで、ちょっと意外な話をしました。絞りをどんどん絞っていけば際限なくくっきりするかと思いきや、そうはいきません。絞りを絞りすぎると「回折」という現象が起きて、逆にぼやけてしまうのです。光は波としての性質も持っていて、狭い隙間を通ると波が広がってしまいます。

お風呂の水面に波を立てて、狭い隙間に通してみると想像しやすいでしょう。隙間が狭いほど、通り抜けた波は大きく広がります。光でもまったく同じことが起きます。だからカメラの絞りには「ちょうどいい」ところがあって、開けすぎても絞りすぎてもベストにはなりません。

ここではマクロの世界にも触れました。小さなものを大きく写すマクロ撮影では、被写界深度がとても浅くなります。昆虫の目にピントを合わせると、羽根はもうボケている。小さな世界は、ピントとの戦いでもあります。

光がなければ、つくればいい

そこからストロボ(フラッシュ)が登場しました。暗い場所では光が足りない。ならば自分で光をつくればいい。ストロボは一瞬だけ非常に強い光を放つ装置です。

ストロボの光は一瞬で終わるので、シャッタースピードの代わりにストロボの発光時間が「動きを止める」役割を果たします。そしてストロボの光には、距離が2倍になると届く光の強さが4分の1になるという性質があります。これは光が広がりながら進むからです。だから遠くのものをストロボで照らすのは、思っている以上にむずかしいことなのです。

色の正体は光の波長だった

ここからは、色の世界に飛び込みました。ぼくたちが「赤い」、「青い」と感じているのは、じつは光の波長のちがいです。波長が長い光は赤く見え、短い光は青や紫に見えます。太陽の光(白色光)にはあらゆる波長の光が混ざっていて、プリズムで分けると虹のような色の帯が現れます。

ものに色があるように見えるのは、そのものが特定の波長の光だけを反射して、残りを吸収しているからです。赤いリンゴは赤い波長の光を反射し、それ以外の波長をほとんど吸収しています。だから赤く見えます。真っ暗な部屋ではリンゴの色はわかりません。色は光があって初めて成り立つ現象なのです。

カメラのセンサーや人間の目が色を見分けるしくみも学びました。赤・緑・青の三つの光の組み合わせで、ほとんどすべての色を再現できます。テレビやスマートフォンの画面も、この三色の小さな点の集まりです。もうひとつ大切なのは、光源そのものの色です。同じ白い紙でも太陽の下と蛍光灯の下では色あいがちがって見えます。光源ごとにちがう「色温度」を補正するのが、カメラのホワイトバランス機能です。

デジタルカメラの中で何が起きているか

つぎに覗いたのは、デジタルカメラの心臓部であるイメージセンサーでした。センサーの上には何百万、何千万もの小さな画素(ピクセル)が並んでいて、一つ一つが光を受け取って電気信号に変えています。

各ピクセルの上にはカラーフィルターがかぶせてあります。赤だけを通すもの、緑だけを通すもの、青だけを通すもの。この並び方をベイヤー配列と呼びます。実は一つ一つのピクセルは一色しか感じていません。周囲のピクセルの情報を借りて「ここはきっとこんな色だろう」と計算で色を復元しています。これをデモザイク処理といいます。

写真一枚ができるまでに、カメラの中ではものすごい量の計算が走っています。ぼくたちがシャッターを押してから写真が表示されるまでのほんの一瞬の間に、です。

フィルムは化学で光を記録する

デジタルの次は、時間をさかのぼってフィルムのしくみを探りました。フィルムの表面には、ハロゲン化銀という光に反応する物質が塗られています。光が当たるとハロゲン化銀の結晶に目に見えない変化が起きます(これを潜像と呼びます)。現像液で処理すると、光が当たったところが黒くなり、当たらなかったところは透明のまま残ります。これがネガフィルムです。

カラーフィルムでは、赤・緑・青にそれぞれ反応する層が重なっていて、各層が対応する色の光を記録します。フィルムにはそれぞれ個性があり、感度や粒子の大きさ、色の出方によってまるでちがう写真が生まれます。化学反応で色を記録するというのは、考えてみればとても不思議なことです。デジタルが電気信号で光を記録するのに対し、フィルムは化学反応で光を記録する。方法はまったくちがいますが、「光を何らかの形で固定する」という目的は同じです。

写真は撮った後にも「つくる」

そして、撮影後の仕上げについて学びました。写真は撮っただけでは完成ではありません。明るさ、コントラスト、色味、トリミング。仕上げの工程で写真の印象は大きく変わります。

フィルム時代は暗室で引き伸ばし機を使い、露光時間を部分的に変えたりして仕上げていました。覆い焼き、焼き込みと呼ばれる技法です。デジタル時代はパソコンのソフトウェアで同じことができます。やっていることの本質は変わりません。撮影で記録した情報をもとに、自分が見せたい形に整える作業です。

その仕上げの土台になるのがRAWという「生の記録」です。JPEGがカメラの仕上げた完成品だとすれば、RAWは自分の手で味つけできる素材そのもの。明暗差が大きすぎて白飛びや黒つぶれが起きるときには、HDRとトーンマッピングで階調を救うこともできます。

大切なのは、仕上げは「ごまかし」ではないということです。撮影の段階でしっかり光を記録しておくことが前提で、仕上げはその記録を最大限に活かすための工程です。

写真が「動く」と映画になる

そしてシリーズは、動画と映画のしくみへと踏み込みました。動画の原理はシンプルです。写真を1秒間に何十枚も連続して撮影し、それを同じ速さで連続して表示します。すると人間の脳は、それぞれの静止画のあいだを補って「動いている」と解釈します。

映画では毎秒24コマ、テレビでは毎秒30コマや60コマが一般的です。コマ数が多いほど動きはなめらかに見えます。

動画には写真にはない「時間」という要素が加わります。シャッタースピードの考え方も静止画とは変わってきます。動画のシャッタースピードは、一コマの中のブレの量を決めるので、動きのなめらかさの印象に直結します。映画には独特の色の雰囲気がありますが、あれはカラーグレーディングという技法で意図的につくり出されています。

自然の光を「読む」ということ

旅の終盤では、自然界の光に目を向けました。朝の光と昼の光、夕方の光はそれぞれ色も強さもちがいます。朝夕の光が赤みを帯びるのは、太陽の光が大気の中を長い距離通り抜けるとき、波長の短い青い光がたくさん散乱されて減り、波長の長い赤い光が多く残るからです。

曇りの日は光が雲で散乱されて、あらゆる方向から均一にやわらかい光が降りそそぎます。晴れの日は太陽からの強い直接光と、空からの散乱光(天空光)の両方があります。写真を撮るとき、この光の性質を「読む」ことができると、同じ場所でもまったくちがう写真を撮れるようになります。

空が青いのも、夕焼けが赤いのも、虹やハロ、逃げ水といった不思議な光の現象が生まれるのも、すべて光の直進・反射・屈折・散乱という、ぼくたちが最初に学んだ基本ルールで説明できます。

写真を届ける、そして「見る」とはなにか

シリーズの終わりに向かって、できあがった写真をどう人に届けるか、そして「見る」とはそもそもどういうことなのかを考えました。

印刷、ディスプレイ表示、プロジェクター投影。写真を見せる方法はいろいろありますが、どの方法も最終的には「光を目に届ける」ことをしています。印刷物は紙の上のインクが特定の波長を吸収し、残った光を反射して色を表現します。ディスプレイは自ら光を発して色を表現します。原理はちがいますが、「目に届く光を制御する」という点ではどちらも同じです。

そして最後にたどりついたのが「人間の目」でした。目はレンズ(水晶体)で光を集め、網膜の上に像をつくり、視細胞が光を電気信号に変えて脳に送ります。カメラのレンズ、センサー、画像処理エンジンとそっくりです。カメラと人間の目は、同じ光学の原理を利用して「世界を見て」いるのです。

ぼくたちの写真の旅は、光の直進という物理現象から始まり、人間の目と脳にたどりつきました。光が発せられ、ものに当たって反射し、レンズで集められ、記録され、仕上げられ、表示され、ふたたび目に届く。写真とは、この光の長い長い旅のすべてです。

すべては「光」のためにある

ここまでふりかえって、一つのことに気づいたでしょうか。

レンズは光を集めるためにある。絞りは光の量を調節するためにある。シャッターは光を受ける時間を決めるためにある。センサーもフィルムも光を記録するためにある。ストロボは光をつくるためにある。色は光の波長のちがい。現像も仕上げも、記録した光をより良く見せるためにある。印刷もディスプレイも、光をふたたび目に届けるためにある。

カメラという道具のすべてのパーツ、写真というプロセスのすべてのステップは、「光」のために存在しています。

写真を英語で photograph といいます。これはギリシャ語の photos(光)と graphe(描く)に由来する言葉です。「光で描く」。まさにその通りです。写真とは、光を使って世界を描く行為なのです。

これが、40回かけて学んできたことの核心です。どんなに複雑に見えるカメラのしくみも、「光をどう扱うか」という一本の軸で理解できます。新しいカメラの機能や技術が出てきても、「これは光の旅のどの部分に関わっているんだろう?」と考えれば、本質を見失わずにすみます。

数式がなくても、ここまでわかった

このシリーズでは、数式をほとんど使いませんでした。

レンズの公式も、露出の計算式も、回折の式も出てきませんでした。その代わりに使ったのは、たとえ話と身近な体験です。蛇口と水、バケツと雨、お風呂の波、虫めがね。ぼくたちの日常にあるものだけで、写真のしくみをここまで理解することができました。

もちろん、数式で書けばもっと正確に、もっと厳密に表現できます。光の屈折はスネルの法則で計算できるし、レンズの像のでき方はレンズの公式で求まります。回折の限界はエアリーディスクの式で導けるし、色のしくみは電磁波のスペクトルで説明できます。

でも、数式がないと理解できないかというと、そんなことはありません。ぼくたちは40回にわたって、言葉と直感で光と写真の世界を旅してきました。「なぜそうなるのか」の感覚をつかむこと。それが、このシリーズでいちばん大切にしてきたことです。

数式は「どれだけ正確か」を教えてくれます。けれど「なぜそうなるのか」の直感を育ててくれるのは、言葉とたとえ話の力です。どちらも大切で、どちらが上ということはありません。

もっと深く知りたくなったら

「もっと正確に知りたい」、「数字で計算できるようになりたい」。そう思った人には、姉妹シリーズ「写真の物理学」があります。

「写真の物理学」では、このシリーズで言葉とたとえ話で説明してきた内容を、大学レベルの数式を使って厳密に導出していきます。光の波動方程式から出発して、レンズの結像、回折限界、センサーの量子効率まで。数学の力で写真のしくみを解き明かすシリーズです。

「写真のしくみ」で直感をつかんでから「写真の物理学」に進むと、数式の意味がすっと入ってくるはずです。逆に「写真の物理学」で数式に詰まったときは「写真のしくみ」に戻ってくれば、その数式が何を言おうとしているのかが見えてくるでしょう。二つのシリーズは、別々の道から同じ山頂を目指しています。

カメラを持って、外に出よう

最後に、一つだけ伝えたいことがあります。

写真は「知識」ではありません。「実践」です。

このシリーズで学んだことは、すべてカメラを手に取って初めて本当の意味でわかります。絞りを変えるとボケがどう変わるか。シャッタースピードを遅くすると水の流れがどう写るか。朝の光と夕方の光で同じ景色がどれほどちがって見えるか。ストロボを使うと影がどう変わるか。それは文章を読んだだけではわかりません。自分の目で見て、自分のカメラで試して、初めて体で理解できることです。

高いカメラでなくてもかまいません。スマートフォンのカメラでも十分です。大切なのは、光を意識して見ること。「今、光はどこから来ているだろう」「この影はなぜこういう形なのだろう」「この色はなぜこう見えるのだろう」。そうやって世界を見はじめると、日常の風景がまったくちがって見えてきます。

写真のしくみを知ることは、世界の見え方を変えることです。

この回のまとめ

  • 写真にまつわるあらゆるしくみは、「光はまっすぐ進む・反射する・屈折する」という三つの基本ルールから出発しています
  • レンズ、絞り、シャッター、ISO、センサー、フィルム、ストロボ、現像、仕上げ、表示装置。カメラと写真を構成するすべてのパーツとプロセスは「光」のために存在しています
  • photograph(写真)はギリシャ語で「光で描く」という意味です。写真とはまさに、光を使って世界を描く行為です
  • 数式を使わなくても、たとえ話と日常の体験を手がかりにすれば、写真と光のしくみを深く理解することができます
  • 直感は「なぜそうなるか」を教えてくれ、数式は「どれだけ正確か」を教えてくれます。どちらも大切な理解のかたちです
  • もっと深く知りたい人は、姉妹シリーズ「写真の物理学」で数式を使った厳密な理解に挑戦してみましょう
  • 写真は「知識」ではなく「実践」です。カメラを持って外に出て、光を意識して世界を見ることで、学んだことが本当の力になります

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